「おもしろきこともなき世におもしろく」そして「おもしろきこともなき世をおもしろく」...行ってしまったスティーブ・ジョブスに

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 アップルの創業者にして世界的に有名なコンピューターの父の一人(ハードも含めてパソコンと呼ばれた時代のコンピューター時代を築いた人物たちの一人なので私はそう思ってます)...ジョブスがこの世に別れを告げて行ってしまいました。若すぎるカリスマの死に様々な人が様々なことを言っています。
 その偉大さや偉業について語る人。カリスマ性を語る人。苛烈なまでのエゴイストだったと語る人。様々です。私にとってみれば...あらゆる「おもしろくないもの」を変革し「おもしろく」していった人。そんなイメージだったりします。



 カリスマ性について語る人がいます。ジョブスはカリスマだったのか?
 ...私はどうも違うような気がします。

 エゴイストだったのか? 
 これはそうかもしれません。強固な信念と曲げない信条は決して他人の意見を聞かないという訳でもなかったのでしょうが
それでも多くの逸話が残されています。

 世界最高の経営者だったと語る人がいます。世界最高の経営者は自分で作った会社を追い出されたりしません。間違いなくあの時点では経営者失格の男だったと私は考えています。

 今回のタイトルの言葉は有名な高杉晋作の辞世の句と呼ばれているものです。
 私はこの言葉が好きで昔いろいろ調べました。前者が正しい。いや後者だ。いろいろ言われているようですが実際のところは本人の書が残っていないためどちらも創作とすら言われています。
 高杉晋作とジョブスでは重なるようで重ならないという人もいるでしょう。
 けれどこの言葉は...とてもジョブスに似合っている気がします。

 彼が作り上げたAppleというパソコン。そして世界初のGUI搭載パソコンとマスコミが呼ぶMacintosh(注1 最後に個人的な見解を書いてあります)は今日のPCに大きな変革を与えた商品なのは間違いありません。もちろん一人で作りあげたものでもなく...その横や後ろには当時のアップルの偉大な先駆者達がいたことでしょう。

 けれどGUIに強くこだわったのはジョブスただ一人。

 当時から「曲げない」人だったのは間違いないことでしょう。当初のLisaプロジェクトから外されMacintoshプロジェクトに参加したジョブスはここでプロジェクト自体を乗っ取って自分の思うがままのPCを作り上げようとします。それが初代Macintosh。今日の礎となったPCです。

 当時パソコンといえばマニア御用達。プログラムがいじれないものには楽しくもなんともない代物。仕事に使えと言われても...モニタのついたタイプライター程度にしか思われない(印刷する変わりにデータとして保存出来る違いがあるぐらいにしかオペレーターに認知されていなかったようですし)。
 そんな時代に「使っていておもしろい」パソコンを送り出す。おもしろくないものをおもしろくする。

 今まであったものに想像もつかない『プラス1』をして「おもしろくする」。
 ジョブスが最初から最後まで...世に送り出した商品は全てこの一言に尽きると思います。
 
 Macintosh。iPod。iPhone。iPad。既存にあった商品に「そしてもうひとつ」を加えて「おもしろくする」。

 おもしろくもない世の中におもしろく生き...そしておもしろくない商品をおもしろくする。
 彼が成し遂げた偉業を称える声の中私が思っていたのはそのことでした。
 
 会ったことなど当然ありません。が、様々な文献。各種のインタビュー。残された映像。それらから見るに...プライベートではそれほど気むずかしくはなかったのかもしれません。少なくともアップルに復帰したあの日以降は。ただ怒りっぽいだけの人には部下はついてこないのですから。
 ずかずかと相手のフィールドに入り込んで単刀直入にずばっと奥底に切り込んでくる。プライベートとは違ってビジネスでは非常にストレートな人だったとも伝わっています。他の企業の社長や優秀なデザイナーとエレベーターで会った時「君はなんでそこにいるんだ。アップルにこないか?」と初対面でも言えた人。本当のところはわかりませんが彼を知る人が「ああジョブスなら言いそうだ」と言うぐらいですから言う人だったのでしょう。

 彼を形作っていたものは様々で。挫折の経験や成功の経験。本当にいろいろなものがジョブスを形成していたことでしょう。けれど生身の人間として見れば...家族を愛したただのおっさんだった。私はそう思っています。それでいいんじゃないかと。

 仕事をする男としては...決して曲げぬ信条で「おもしろくない世の中におもしろく」生きた人。

 そして

 「おもしろくない世の中をおもしろくしていった」人。

 今日我々が使っているパソコンには主にWindowsが入っています。口悪いアップルファンは真似したんだなどと揶揄する人もいます。それだけ熱狂的なファンがいるということでもありますが...実際のところ彼が「おもしろく」した部分については当のマイクロソフトを率いていたビル・ゲイツ自身が魅力を認めて躍起になって取り込んでいった経緯がありますのでそう間違ってはいないのかもしれません。
 ただ、単純な真似しただけの商品であったなら今日ここまで普及してはいないわけで。WindowsはWindowsで別の方向への「おもしろさ」を模索していったのでしょう。使っていて楽しい。そうした魅力を世に知らしめた功績は確かにジョブスにあると私は思っています。そしてその後に出てきた様々な商品が影響を受け...世の中を変えて行った。

 それはとても素敵なことだと思います。

 (そもそもGUIについていろいろ言い出すとMacintoshだって真似したと言われるわけで。その辺りはパソコンの歴史を調べるといろいろとおもしろいんじゃないかと。記事の最後にちょろっとだけ触れてます)

 音楽プレイヤーを楽しく...そしておもしろくしたiPodは死にかけていたアップルを救う救世主となりました。ジョブスはiMacを世に送り出すことで復活の狼煙をあげ...そしてiPodで会社自体を立て直しました。その原動力は本体の性能というよりitunesにあった気がしますが...それは別の機会に書くこともあるでしょう。

 携帯電話をおもしろくしたiPhone。私も持っていますが非常にシンプルで閉じた世界の商品です。それでも使いやすく...使っていて心地いい。使っていて楽しく「おもしろい」。

 そのおもしろさに魅了された人達が熱狂的なアップルのファンとなっていく訳ですが...まぁあまり熱狂的過ぎると周りが引くというものです。事実私も昔アップルファンとは何度もいざこざを起こしていますから(苦笑)

 そうした面を含めても実におもしろい商品をどんどんと送り出してくれたジョブス。
 
 マスコミは彼を美化します。神格化します。全ては彼が一人で行っていた奇跡のように書き立てます。

 ...本当にそうだったでしょうか?

 曲げなかった自説は最終的には対立を生み...自らの会社を追い出されるにいたりました。
 頑固で無い物ねだりをし続け...ころころと意見を変えては周りを振り回す。「いいアイディアを思いついた」と彼が言うとき...それは数日前に他人から聞いたアイディアでそれを当人の前で臆面もなく言ってのける。様々なダメな逸話もあって...それがまたジョブスの人間的な魅力のひとつでもあるかと。
 ともかくわがままでどうしようもない人。そして高圧的。でも素敵な人だった。彼を表する言葉は時に辛辣で。でも愛されていたんだな...そう感じることが出来ます。

 ...彼が「これが最高だ」と思うものを世間が必ず受け入れてくれた訳ではありません。
 それでも彼が「これだ」と思うビジョンを掲げた時...それを支えるスタッフ達がいて。同じ思いを共有する社員達がいて。始めてなりたつ奇跡だったのではないでしょうか。

 新しいCEOティム・クック。あまりに謎のベールが多すぎ情報が少ないためいろいろ言われていますが...ある意味ではだのワーカホリックなおじさんです(笑)現在のアップルの分業体制の確立と高利益体質を作り上げた男は今日も働き続けます。初対面からジョブスと意気投合した職人気質の男。静かな野望に身を焦がし...今日も目立たぬよう虎視眈々と世界を狙っていることでしょう。

 iPhone4sの発表に文字通り躍り出てきたシラー。フィルの愛称で呼ばれることもある親しみのある人として知られます。NeXT時代というかアップルを追い出されたジョブス失意の時代から彼を支えたマーケティングの鬼才。アイディア出しにも深く関わることがあるのは周知の事実。iPadのスクロールホイールは彼のアイディアとも言われていますが本当のところは...わかんないです(笑)間違いなくジョブスの右腕と思われる男。
 実際彼が後継者になると思っていた人も多いわけで。...実際のところジョブスがいないアップルにいつまでとどまっているかわからない部分のある人ですが...プレゼンがある意味一番おもしろいアップルの顔の一人です。
 ひょうきんさも持っていて有名でもありますが...ある意味で最もジョブスに反抗意見を出して喧嘩した人でもあるのではないでしょうか。ジョブスの人生後半の盟友と呼ぶにふさわしい人です。なんせ人生前半の盟友とはことごとく喧嘩別れしてるんですよね...ジョブス。 

 アイブ。いつもイギリスに帰りたがっているアップルのデザイナー。iMacからずっと「i」とつく商品は全てこの男のチームがデザインしているといえばそのすごさがわかるでしょう。ジョブスが最も信頼し...そして尊敬し頼りにした男。なによりすごいのはNeXT出身のスタッフが中核をしめる現在のアップル上層部なのに(ジョブスがアップルに復帰した時当時の上層部はそれはもう見事に全員クビを飛ばされました)昔からいるスタッフとして食い込んでいること。
 アップルがピンチだった当時からデザインチームにいるわけですから結構古いスタッフです。彼の出世作20周年Macintoshは今見ても思わず笑顔になるほど楽しいデザインです。懐かしのニュートンの頃のデザインラインも見えてある意味では当時のアップルのデザインセンスの集大成だったことでしょう。
 本国イギリスではエリザベス女王に名前を覚えられているというおもしろい逸話もあります。というか女王はたぶんアイブのフィンなんじゃないかと。勲章も授与されちゃってますし。女王はiPodを使っていると公言してますし。
 世界に羽ばたいたイギリス人としても有名です。

 そんな彼らを率いて「おもしろさ」を世の中に発信し続けたジョブス。病魔に倒れても彼は歩みを止めなかった。
 iPhone4Sの発表を見届けるようにして...彼は行ってしまいました。

 誰も彼に変わることは出来ません。誰も彼の後を継ぐことは出来ないでしょう。そうする必要もないと思います。

 彼が残した「おもしろくないと思われている商品に何かを足しておもしろい商品にする」という思想。それが守られるなら。アップルはしばらくの間大丈夫だと思います。そして現CEOティムは...熱烈なジョブスのファンでもあるので、きっとその思想を守ろうとするでしょう。そして他のスタッフと協力して事に当たろうとするでしょう。彼の人となりはジョブスとは違います。ならば違った形で新しいことをすればいい。
 私はティムのファンでもあるので...ジョブスのやり方はあまり評価出来なかったりします。でもジョブスでなければここまで個性的なメンツを集めてこんなにも個性的な商品達を世に送り出すことは出来なかったでしょう。残念ながらティムのやり方は堅実過ぎるので...ジョブスと比較されて結構酷評されてしまいました。
 それでも...アップルのこれからに私は不安をそう抱いてはいません。ジョブスは後に続く人達に道を譲ってきました。この数年...マスコミはiPhoneも含めて全てジョブスが作り上げているように報じていますが私はそう考えてはいません。

 最初に病魔に倒れ...ティムに経営を任せた時からゆっくりと静かに今日の体制を築いていたと考えています。発表のプレゼンはする。方向性の会議で発言もする。けれど決定は皆でしていたのではないか。もちろんジョブスの言葉は重かったでしょうが...それでも独裁ではなかったと考えています。
 ティムがCEOになるにあたりジョブスは「彼に決めた」とは言いませんでした。最良の選択がティムなのだと言っていました。その言葉の裏にある事情と意味を考えると...思っている以上に今のアップルはおもしろい体制で動いているのかもしれません。
 
 そうした意味でもこれからのアップルはおもしろいものを送り出してくれるんじゃないかな...なんて思ってます。アイブもシラーも後継者を育てているようですし。先人はいつか道を譲っていくものです。いつまでも老人となって最前線に立つものではない。ジョブスもそれは知っていました。講演でその事に触れたこともあるようです。
 企業も例外ではなく。
 これからどんなことをしてくれるのか。どんなものを出してくれるのか。わくわくしながら待つことにします。
 ティムがCEOである以上...商品は驚くほど安く提供されると確信出来ますし(笑)後は他のメンバーがどれだけその力を発揮するか。本当に楽しみです。


 ...先日...ジョブスの訃報がもたらされた日。残業で遅くなり疲れた体をむち打って銀座に赴きました。アップルストアの前は遅い時間だというのにたくさんの人がいて(報道陣が帰った後も人は残っていたようです)...様々な人が献花したり手を合わせたりしていました。なぜかアップルストアで商品を買う人は少なかったよ...とは昼間から現地にいた友人の言葉ですが、それもまぁ仕方ないかなと思いつつ。
 線香を供えてきました。
 ジョブスが仏教徒という話もありますが...細かいことは言わず。
 火はつけず足をかえして...帰宅しました。

 私が掲げた線香は月に重ねたたばこの紫煙の煙で十分だと思っていました。...が、格好つけていたら「いいからこい」と呼び出され。確かに最近アップルの製品のお世話になっているなという自覚もあったのでアップルストアに向かった次第。

 かつて伊藤博文が高杉晋作を評した言葉。

「動けば雷電の如く発すれば風雨の如し、衆目駭然、敢て正視する者なし。これ我が東行高杉君に非ずや...」
 
 ジョブスのありようを表す言葉にもしっくりきます。
 彼は社内でも恐れられていたのは知っている人は知っている事実ですから...高杉晋作もまた同士達と目を合わせてもらえないほど恐れられた人でもありました。苛烈すぎる行いもそうですが...やはり曲げない思想が彼にもあったのが根底にはあるかと。
 まぁジョブスと高杉晋作ではだいぶ違う人となりなんですが...私には奇妙に重なる部分が感じられます。なんでこんな記事を書いてみました。
 あの世があるのか私は知りません。涅槃に旅立ったのか。ヴァルハラなのか。喜びの園なのか。死後の世界のことは私にはわかりませんが...もしあるとしたら。そこにジョブスが行ったのなら。
 家族が来るまでの間にその世界をおもしろくしようと動き出すことでしょう。

 Twitterで見かけた言葉でこんなのがありました。うまいことを言うなあと。テンプレ通りといえばテンプレ通りなんですが...なんだかちょっとほろっと来てしまいました。実際にあったら素敵な会話だなと思いつつ。見かけた哀悼の言葉では一番のお気に入りです。最後にそれを紹介したいと思います。



ジョブズ「おい!ティム!俺だよ!スティーブだよ!」
ティム「えっ...」
ジョブズ「おいすげーぞ!こっちの世界ではまだ誰もMacを使ってないんだ!こっちで売り出すから早く出荷してくれ!」

 


注1 余談


 世界最初のGUIパソコンと言われると違和感がある人もいるんですよね。
 でも実際にはLisaが先にあるんですが商業的には大失敗。さらにその基にはアラン・ケイの暫定DynaBook(東芝のノートPCの名前の元になったけど無関係)があるんですが発売されず。
 きちんと販売されヒットした商品としては確かにMacintosh世界初かもしれません。マニアはいろいろ言いますがちゃんとした商品として発売されてきちんと売れたという点で間違いなく世界初だったと思います。
 Altoを搭載した暫定DynaBookはある意味今日の低価格PCがそのあるべき姿となったのかもしれませんが...アランは今の時代に何を見ているのか聞いてみたいものです。

 余談の続きになりますが、最初に考えられた暫定DynaBookは縦型モニタで。マウスを使ったGUIといい...日本の古いPCファンなら今その姿を見ると「あれ?」と思うかもしれません。
 NECが送り出した異端児PC-100。NECで最初にマウスを標準装備したPC。
 元アスキー社長西和彦氏の提案によって作られた暫定DynaBookの思想を強く受け継いだPC。日本初のGUIパソコン。BASICの時代にDOSを主軸に作られた異端児。
 今見ると革新的なその姿。
 MSXもそうですが西氏が送り出すものもまた「おもしろくしよう」という思想が見えるので私は大ファンだったりします。日本が誇るパソコン黎明期からの著名人。マイクロソフトの副社長を務めたほどの人です。早すぎた商品だったとは思いますが...今でも通じるコンセプトを持ったPC-100。私は展示されたそのPCを触った時のことを忘れません。かなり感動しましたから。
 ...後にある程度の知識がついてくるとどうしてあのスペックであれだけの操作感を生み出していたのかの方が感動的になったりもしましたが。あの非力なハードでよくもまぁ...当時のNECはやはりいろいろすごかった。