あなたたちの全ての罪を被り。
この争いの全ての責任を取ろう。
祖国のために。
すべて一人で背負おう。
恰好いい言葉だけれどそれを実行するのは並大抵のことではなく。
ましてそれが国家間の戦争責任だったとしたら。
かつて大国同士に挟まれた小さな国で、まさしくその並大抵でないことを実行して国を救うきっかけを作った男がいます。
大国の名は当時のソビエト...そしてナチスドイツ。
救われた国の名はフィンランド。
彼の名はリスト・ヘイッキ・リュティ。
ヒトラーとナチスを一世一代のペテンにかけた男。
しかし祖国を救ったその名誉は他国には隠され。
その名は地に落ちて...世界から戦争犯罪者と呼ばれた男。
鋼鉄の暴風と軍靴の響きが世界を満たしていた時代に生きた政治家。
今回は私が大好きなフィンランドの隠された英雄の話。
遠くて近い国フィンランド。
名前は聞くけどどんな国だろうかと風景を思い浮かべると案外浮かばない。
けど企業や人名で知ってる名前がいっぱいあったりして案外身近にも感じる国。
NOKIAの社名もそうですしLINUXの父ことリーナスさんもまたフィンランド出身。
IT立国として日本からも結構身近に感じられる国。
日本のアニメにもフィンランド人のキャラクターが出ることがあったりしてちょっと面白い。
最も有名どころではストライクウイッチーズのエイラとか。
ネットではシモ・ヘイヘ(シモ・ハユハ)あたりが人気でしょうか。世界最強のスナイパーにしてサブマシンガンの悪魔。
今だと下手すると大使館の公式ツイッターが一番有名かもしれません(笑)
そんなフィンランドで「英雄」と呼ばれる人はたくさんいるようなのですが、どうも私が大好きな人は「一番」ではないらしいです。
私の周りではフィンランドの有名人といえばマンネルヘイムの名がまずあがります。英雄としてリアル「アドル=クリスティン」として。(実際その生涯はイースの主人公もかくやという冒険に満ちた生涯ですし)
たぶんフィンランド国内でもそうなんじゃないでしょうか。
苦境に立つ祖国を救った救国の英雄。
ドイツとソビエトの狭間で揺れ動く国を守り続けた軍人。
けれど私はマンネルヘイムより先に同じ時代に生きた政治家リュティの名が浮かびます。
近年まで戦争犯罪人としてその名を刻まれ...名誉も奪われ続けていた政治家。
ソビエトに名指しで非難された大罪人。
ソビエトとドイツ交戦を招いた張本人。
日本でいえばA級戦犯と言ってもいい扱いをされ続けてきた人。
近年名誉回復がなされはじめまして。
私などもようやくその名前を知ることが出来ました。
戦時中も戦後も他国からはそりゃあひどい扱いだったようです。
戦争の責任はこいつにある。こいつが悪い。
そんな感じ。
実際行動だけを見るとまさしくその通りに見えます。
ナチスと与してソビエトとの戦争にドイツを参加させた大罪人。(継続戦争)
戦局の悪化と共に政権をマンネルヘイムに追い出され...全ての責任はこの男にあると蔑まれ。
ソビエトから名指しで怒りをぶつけられ。
戦後は裁判にかけられ懲役刑。
その後世界からの避難を浴び続け...体調を崩して死んでいった。
けれど今から当時のことを調べるとドイツとの結びつきにしろその後の行動にしろ「それしか手が考え付かない」からやったというのが実情ではないでしょうか。
ともかくその時「生き延びる」ために「国を長らえさせる」ために取れる手は。
泥縄でもいい。
幻の蜘蛛の糸でもいい。
つかめるチャンスは全て掴みに行く。
リュティのそうした行動の結果だったんじゃないかな...と私は思っています。
ものすごく人間臭い政治家だったんじゃないかと。
決して図太いとか鋼の精神を持った人とかじゃなくて。
どこにでもいる優しい男だったんじゃないかと。
ただ役目が...政治家という職業が、彼にそれらの決断を強制・強要し続けて行ったんじゃないか...と。
「頼めるなら替わってほしい」
「逃げられるものなら逃げたい」
それがリュティの本音だったんじゃないかと。
けれどそれは出来ず。
むしろ実行するチャンスが目の前に出来てしまった。
絶好のチャンスが目の前に。今やらねばもう出来ない。
そんなタイミングがあって。彼は決断してしまった。
強い意志をもった政治家だったのかどうか。
それは今からではよくわからないんですが、多少の頑固者ではあったようです。
後に英雄と呼ばれるマンネルヘイムを始めとする軍部とも当初はかなり仲が悪かったと言われています。
たぶん戦争なんて大嫌いで、したくもないし巻き込まれたくもなかったでしょう。
もともとは弁護士出身の政治家です。
国家運営と経済発展に注力したかったことでしょう。
しかし時代はそれを許さなかった。周りの国家がそれを許さなかった。
冬戦争・継続戦争。
フィンランドの当時を語るのにこの2つの戦争は欠かせません。
我々にとっては長い長い戦争...第二次世界大戦の中でフィンランドを襲ったソビエトの進軍から始まる国家存亡の危機。
フィンランドの当時の状況を学生時代に勉強した時に思ったことは「これはあかん」でした。
どうやっても助からない。
どうやって生きながらえたんだこの国...それが高校の時かな? 私が思った素直な感想でした。
ナチスドイツ。ソビエト連邦。イギリス・アメリカ合衆国。
あらゆる列強が鋼鉄の暴風をまき散らす中で、ともかく風見鶏のように国家の向きを変えて...悪く言えば節操なく。よく言ってもなりふり構わぬ前進を続けてもようやくほんのり生き延びる可能性があるかないかというところ。
※第二次世界大戦の「冬戦争」と「継続戦争」について記事の最後に超約でまとめました。かなり間違った見方をしてますが、私から見たふたつの戦争ということで。詳しくしりたい人はwikiも含めていろいろといいブログ記事があったりしますのでそちらをどうぞ。
冬戦争の勃発と供に当時の政権は責任をとって解散。
戦争を戦う為の政府...その首相として選ばれたのがリュティでした。
とはいえ冬戦争中は目だった活躍があった訳ではなく。前線の苦労もそれほど理解していたのか不明なほど。
何度かマンネルヘイムとぶつかっていたようですし、ソビエトとの講和においても「余力ある即時講和」を求めたマンネルヘイムに対してリュテイは「他国の支援を待って少しでも有利な講和を」狙っていたようですし考え方は大きく違います。
実際のところ各国も口だけは支援を申し出ていましたが、周辺国がその支援の通過を許さず(ドイツにいたっては没収する状態。イタリア大激怒とかいろいろ)。結果を見ればマンネルヘイムが正しかったのですが...
戦争において他国の支援をあてにしてはいけない...とは私の考えですが。
追い詰められた時他人を頼るのもまた人間な訳で...リュティの考え方もわかるのです。ただこの時は状況が悪すぎた。
冬戦争が終わり...屈辱的な講和の後。
リュティはソビエトの介入的人事の末に大統領へ。
他の人間よりも与し易くソビエトに従うだろうと思われていたのでしょう...
そして始まる継続戦争。
この時よりリュティはマンネルヘイムを含む軍部の意見を採用する事が多くなって行きます。責任はリュティなんですが、ともかくマンネルヘイムや軍部が出す意見・条件をなるべく採用し、準備を整えるように動いて行きます。
ソビエトの思惑通りにはまったく動かなかった。表面上はともかく...
この隙をついたのはドイツ。
というよりこの時頼りになるのはマジでドイツしかなかったというか...ソビエトは無茶な要求をばかり突きつけてきて、周りの国はとてつもなく冷たい態度。大国は口ばかりで支援なんかしてくれない。
軍事力があってソビエトと対抗出来そうで力を貸してくれそうな国はドイツしかなかった。
マンネルヘイムは躊躇するものの国民の声は強くなるばかり。
ソビエトとの確執はそれほど強かった。
けれど支援を受ければソビエトからの非難は確定。ましてドイツとの同盟ともなれば枢軸国参加ということで...それはとてもまずい。後々を考えるとその判断は正しく。
軍部の意見を取り入れてリュティが下したのは「支援は受けるけど同盟じゃないよ」というもの。世間の目はともかく体裁を整えて軍部支援へと回ったのはこの時。
ソビエトが選んだ大統領は...しかしソビエトには協力しなかった。
世界が枢軸国と連合国に2分されて行くなかでついにドイツはソビエトとの開戦を選択。
フィンランドはドイツ軍の通過を認めておりソビエトからしてみれば忌々しいのど元の棘状態。
そもそもの第二次世界大戦が「独ソ不可侵条約」から始まっていたというのに。気付けばそれも破棄されて。世界を巻き込んだ強国の欲望が最終局面に到達。
フィンランドはその2国の欲望の芽生えから肥大、暴走まで全ての期間翻弄され続けていた訳で。
独ソ開戦...そしてフィンランドに対してソビエトからの攻撃が始まり。
フィンランドは「先の戦争(冬戦争)が継続した」としてこれを継続戦争と定義。再び戦火の中へ。
ソビエトに奪われた領土の奪還のため。
ナチスドイツと供にソビエト領土(かつての自国領土)へと侵攻。
これが後に世界から糾弾される「ドイツの協力国」の元凶となるのですが...
ドイツ敗戦が濃厚となる頃。さすがにこのままではまずいということで、ソビエトとの講和を極秘裏にリュティは進めていたのですが...
ソビエトは精鋭をもってフィンランドに侵攻。圧倒的な数の暴力に押しつぶされそうな状態。
ここでやはりドイツの力を借りないと耐えることも出来ない状態。
けれどドイツはリュティが進める講和の情報を掴んでいた訳で。
「このまま最後まで戦うと誓え。でなきゃ協力などしない」
というような要求をリュティにつきつけます。そりゃそうです。
ここでリュティは...
「私はドイツとの協定に賛同しよう。ソビエトとの分割講和などしない」
ドイツはその言葉を信じて増援を約束。派遣。
そのかわり他国からの交渉の窓口を一切を失ってしまいますが。
...といっても枢軸国側とみなされていたので、交渉も芳しくはなかったのが実情でしょうが...
ドイツ軍の力を得て...なんとか国土防衛にギリギリ成功。
ここでもまた鹵獲したソ連軍の戦車等を投入してのギリギリの戦い。というか戦いながら奪った兵器に自軍のマークを塗って現地整備の上参戦とかしてるので、とんでもない戦いをしてる訳ですが...
粘りに粘っているうちにドイツ攻略へと戦線を変更したいソビエトがついに講和を承諾。
とはいえリュティはドイツとともろもろ協定を結んでいる訳で、これを破棄しないと講和も何もない。けれど破棄なんかしたらドイツ軍との関係は。
ここでリュティがしかけた「策」が効力を発揮。
「私は」ドイツとの協定に賛同しよう。
ドイツをナチスをもペテンにかけた一言。結ばれた書面の全て。
「ドイツとの協定は全てリュティ個人が結んだもの」
フィンランド政府でもなく。大統領でもなく。あくまでもリュティ個人としてサインしていたという...
もちろんそんなネタばらしをする訳もなく。ドイツはリュティとの協定を信じて増援を派遣。
ドイツから見たら最悪の悪党でしょう。ソビエトからしても最悪の悪党。
けれどその強弁を押し通すしかない。
ドイツとの協定の責任をとってリュティは覚悟の辞職。マンネルヘイムにその後を任せます。
下手すると一族郎党全てが戦争犯罪人に連なるものとして処断されかねないその策を実行したリュティ。
継続戦争が終わり。
各国の糾弾が敗戦国へと向かう中。
フィンランドはリュティを生け贄にするようにして...その危機を脱却します。
実際、この戦争中のいろいろな行いによって戦後のフィンランドは国際的な信用すら失いかけています。ドイツについたり裏切ったりと国体を維持するためには手段を選んでないわけで。
ソビエトが来たぞといえばドイツと極秘協定を結んで招き入れ。
ソビエトが優勢になってくるとドイツを裏切ってしまう。
と言っても当時の情勢からしたら仕方ないことかと。
ナチスドイツもまずもってやばいぐらいの勢いで。
ソビエトといえばとんでもない大国。
まともにこの2つの国と渡り合えるもんではなく。
後に糾弾されますがドイツを招き入れたのは誰あろう。リュティ自身。
そしてこのドイツ参戦がソビエトの侵攻を招いて...世界を巻き込む戦争へと続いて行きます。ここだけ見たらまさに大罪人。
だがしかし。この時リュティには他に選択肢はなかったんじゃないかと。
他のアイディアがあれば即採用したいぐらい。だけど浮かばない見当たらない。
ともかくしのがないといけない。誰かの力を借りなければならない。
どこで「そうしよう」と思ったのかはわかりませんが...ドイツと秘密協定を結ぶにあたってリュティはひとつの「案」を持っていました。
それが可能なのか。
有効な方法なのか。
法律関係者に相談し...検討した結果「いける」となった訳ですが、議会からは猛反対を食らい。
その後しばらく彼は寝込んでしまったといわれています。
彼がドイツと結んだあらゆる協定、約束事。
書面に記されているのはリュティ自身の名前のみ。
フィンランドを代表している訳でもなく。国家の代弁者としてでもなく。
あくまでもリュティ自身が契約しているのだと。約束しているのだと。そう強弁するための仕掛け。
何かあればその身を犠牲にしてドイツとの約束をすべて反故にするための秘策。
使ったら確実に身を滅ぼす捨て身の策。
けれどいずれくるソビエトとの交渉の中でドイツとの協定は問題になることは確実で。やはり彼は「それしかない」と思った方法を取ったのです。
迷わず...ではなく迷いぬいて苦しみぬいて仕掛けたであろうその策は、とてつもない策でもありました。悩んでなければ寝込んだりはしないでしょう。
それでも仲良くはなれない軍部との間。そこを乗り越えてこの策を持って国体の維持を託した人物こそ救国の英雄マンネルヘイム。
実際条約締結時からずっと...ソビエトとの講和までの間この策はずっと隠されていたといいます。
マンネルヘイムがこの事を聞いたのはまさにソビエト講和のため大統領職を継いでくれと言われた時。
そして議会の動きの裏を知ることになります。
リュティがドイツとの条約にサインした後...議会はさかんにリュティを糾弾していました。
我々はドイツに従ってはいない!
全てはリュティ大統領が一人でやってることだ!
そう。
議会はリュティの決意を知っていて...その「策」を確実なものにするために。知っていてリュティを糾弾していた。フィンランドという国はドイツと結ばれてはいない。全てはリュティが勝手にやってることなのだ!と。
マンネルヘイムがどう思ってこの策を受け入れたのかはわかりません。
有名な逸話としてこの時マンネルハイムが問いかけたといいます。
「リュティこれからどうするんだ。ソビエトは必ず君の死刑を要求してくるだろう」
それに対してリュティが答えたといいます。
「官邸だろうと獄中だろうと大統領としての私の考え方やする事に変わりはない。国のためだ。そしてこの後のことは君がやってくれ。君が言えば国民は従うだろう。戦争の中民衆は君を信じた。この絶望敵な状況であっても君が言えば従うだろう」
本当かどうかわかりませんし...でも言いそうだなというのは確かで。
実際その通り行動してきたリュティなので、たぶんそのようなことは言ったんだろうな...と。
伝記には必ず載ってる一文ですし。
マンネルヘイム個人がどう思ったかはともかく。
しかし...託された策を最大限活かした行動をしたのは事実だと思います。
「ドイツとの関係も今までのことも全てリュティ一人がやったこと。フィンランドの意思ではない!」
ひどい強弁ですが、実際に締結された書面も何もかもリュティ個人として結ばれているのです。これで突っぱねるしかしない。
ソビエトが何を言おうとドイツが何を言おうと「悪いのはリュティである。私たちは関係ない!従って来たがこれからは違うのだ!」と言い切ってしまう。
最終的には「こいつが全て悪い」と言い切って。
戦争の終結に向けてマンネルヘイムは行動して行きます。ソビエトからしたらとんでもなく面白くない。ドイツからしてもなんてひどい話だ...という感じ。
その全てがリュティのせいだと。
ソビエトから名指しで責められ(実際死刑にしろと要求されている)。
世界列強の戦勝国からは「戦争犯罪人」と呼ばれたリュティ。
しかし風前の灯だった国は生き残り。
領土を減らし荒廃した国土であっても「愛すべき故郷」は守られました。
深い傷跡を残しても...不可能だと言われた国体を維持し今後につなげていくという難題は解かれたのです。
その後の国民の苦労があるにせよ。不平等な条約が結ばされるにしても。ともかく国家は残り。国民が生きていく領土が残った。
たった一人の政治家が仕掛けた罠。議会の反対を押し切り軍部にも秘密裏に進めた一世一代の「策」。
その罠にナチスさえも欺かれた。ソビエトも歯を食いしばって受け入れざるを得なかった。
全ての国を。
全ての人々を欺いて...
彼が望んだのは愛した祖国を残すというただその一事。
国民の未来を残すという政治家としての職務。
そして...成し遂げた彼に待っていた報酬は。
軍事裁判。
懲役。
彼は戦争犯罪者として告訴され。懲役を言い渡されます。
リュティのおかげでいろいろなものが免れた。さまざまなことを押し付けることが出来た。それがわかっていても。新しい政府や...英雄となったマンネルヘイムは彼を裁かなければなりませんでした。
そうしなければ彼の策は無為になってしまう。
最後までリュティ一人がやったこととして終わらさなければいけなかった。
彼は救戦犯として歴史にその名を刻まれます。
そしてしばらくして...体を壊したリュティはひっそりと息を引き取ります。
再び政治の舞台に上がることもなく。
歴史の輝きの中に姿を見せることもなく。マンネルヘイムの輝かしい姿を見ながら。
ただ静かに愛した故国の土へと帰って行きました。
そんな中でもフィンランドの人たちは彼の功績を仲間内に伝え続けていたのでしょう。
彼の死後...ソビエトが猛反発する中で「国葬」が強行されました。
フィンランドを救った英雄であることを国民は忘れていなかった。
政府ももちろん...忘れてなどいなかった。
戦争は終わった。
他の国に何かを言われようとも。
せめて最後の弔いだけは。
きちんと感謝の意をこめて送ってあげたかったのでしょう。
それでも戦時中の行動や発表によって彼の名は長い間...戦犯者として刻まれ続けました。
今でも...他国からしたらやはりとんでもない男なのは確かでしょう。
そうこうしているうちにフィンランドで彼についての本が発売され...たくさんの人に読まれ。そうした本や情報がようやく海外にも伝わって行き。
ゆっくりと...彼の失われた名誉が回復されていっています。
とはいえ...ドイツやソビエトの当時の人たちからしてみればやはり彼は大罪人でしょうか。
約束を違えて各国を翻弄した男として見られてしまうのかもしれません。
様々な評価をされるリュティですが、私はこの人が大好きです。
銃ではなく。戦車でも飛行機でもなく。
弁舌と行動によって国を救う礎となった男リュティ。
母国を守るために彼もまた戦った一人の男だった。
なんと言われようと彼の行いがあってこそ歴史は動いた。そして結果がある。
政治家とは結果を出すのが仕事。
リュティはしっかりと結果を残した。報われなかった晩年を思うと少し悲しいですけれど...
彼の名誉が回復され始めるきっかけとなった本の数々。
そうした本を出版するよう持ちかけたのは...名誉を回復するよう動いたのは他でもないフィンランド政府。
失われた彼の功績が明るみに出て...フィンランド国外の人もようやくその名を心に刻む時がきて。
近年では日本も含めた様々な国で彼を理想の政治家像として捉える人が出てきました。
どうして自分の国には彼のような政治家がいないのかと。そういう人もいますけれど。
私はそうは思いません。
彼は別に高潔な思いに突き動かされて行動したわけではないだろうと。
立派な政治家だからあんな行動をした訳じゃないと思ってます。
たぶんもっと...想像以上にくよくよして。悩んで。胃を痛めて。なんでこんなことにとか。どうして俺なんだよと苦しんで。
それでも。
それしか手が浮かばなかった。
とっても怖いしやりたくはないんだけど...でもそれしか浮かばなかった。
そしてそれが出来るのが自分だけだった。
だから行動したのだと。
泥臭く...みっともなく悩みながら。
それでも必死に行動した結果...死ぬまで報われなかったかもしれないけれど。
彼が望んだ「国を保ち。守る」ことは出来た。
だから最後はちょっとぐらい笑って死ねたんじゃないかとは思います。
やりたくはなかったけれど。やったらやっぱりひどい目にはあったけれど。それでも手に入れることが出来た未来。
晩年体調を崩したのはやはり世間からの糾弾も含めた様々なものがあったんだろうとは思うんです。
最初は嫌いだった軍部に頭を下げて、自らを悪人としてまで...彼が望んだ未来。
それが今も発展を続けるフィンランドの姿と重なるのなら。
歴史の中で彼をどうとらえるか。いろんな意見があるんでしょうけれど。
私は彼が大好きです。苦悩して悔やんで、寝込むほどにダメージを受けて。それでも。やってのけた大仕事。
華やかさはなかったかもしれない。生きているうちに英雄と呼ばれることはなかったかもしれない。
それでもリュテイの生き様は私を強くひきつけます。
彼が愛した祖国と国民は今も世界の中に立ち位置を得て発展し続けています。
フィンランドの英雄の中で数少ない政治家。
今という時代でこそ再評価される男。
あの時代...ドイツとソビエトを手玉にとった男。翻弄され続けた国の政治家が見せた意地。
いつかリュティの墓に花を供えに行きたいな...そんな風にずっと思っています。
※超約 よくわからなくなる冬戦争・継続戦争
第二次世界大戦中のフィンランドの戦争は大きくこの二つ。ソビエトが侵攻してきて始まる世界大戦初期の戦争を冬戦争。その後のナチス参戦と終戦までの戦争を継続戦争と覚えればわかりやすいかと。
超絶はしょって説明してしまうと、当時のソビエトが「ナチスドイツがちょいといきがってるし周辺国を組み込んじまうか」とばかりにバルト三国(エストニ
ア、ラトビア、リトアニア)とフィンランドに対して「おうちょっとうちの基地作らせろ。ついでにこっちの陣営に入れよ文句ないよな?」とちょっかいを出し
てきたのが発端。
フィンランドに対しては「ナチスが来たらやばいだろう?うちの基地置こうよ。安心だろ?な?」と強引に秘密条約を持ちかけますが、そんなことしたらずーっと居座るのは見え見え。当然拒否します。
ヨシフおじさんことスターリンの野望はあまりにわかりやすいものだったでしょうか...何度か話があっても全て拒否。するとこんどは軍事力をひからかしたうえ
に「国境ちょっといじるぞ。こっちの領土はここまでな」と勝手に国境線をいじろうとする始末。今の日本でいえば中国と韓国が「日本海なんてねーよ俺の領地
にすっからよ。お前らその陸地だけな。後基地作らせろ」と言ってきたようなもので、そりゃあ飲めない。
多少の譲歩をして平和的に解決しようとはしたんですが、要求は過大で無茶なもの。当然全部は飲めません。
ただ、飲めないとなると当然その後はもう戦争しかないわけで。当時の国力からするとフィンランドが勝つことはほぼ不可能。絶望。そんな感じ。
交渉はしていたんですがやはり決裂。ロシア革命を経て変貌したロシア...そしてソビエトの野心と欲求はもはや隠しようもなく肥大化していた。
ただ普通に考えて「まさかすぐに軍はこないだろう」というのが大方の見方で、後の英雄マンネルヘイムも「ソビエトとの紛争・戦争は避けるべきだがもはや戦争は避けられない。準備を整えよう」としていた訳ですが...そのまさかというかソビエトは甘くなかった。
要求をつきつけて相手が乗らなかった時点で侵攻。殲滅する。
なんというか「脅して言うことを聞かなければ即座に殺す」という感じ。大国の論理を振りかざしてきた訳です。
フィンランドが準備をしようとしたその時にはもう国境線に大軍を配備。
フィンランドに対して倍以上の戦力を投入。一方のフィンランド側は準備も整ってない状態。
これから食料買い込んでライフル用意して冬ごもりしようとしていたら鋼鉄の鎧を着込んだ熊が「こんばんわ」と腹を空かせて現れたようなもの。数以上の不利がある状態。
ついには「フィンランド側から一方的な発砲があった。これは宣戦布告である」と難癖をつけて開戦してしまいます。滅ぼしてしまえば文句は言われないという論理でしょうか。
「フィンランドを解放する」
フィンランド国民が望んでもいない「解放」を叫んで一気に戦車が侵攻してきます。
傀儡政権を樹立させてその政権こそ正統と叫んで。
この傀儡政権を率いていたのがオットー・クーシネン。ロシア革命後に独立を勝ち取ったフィンランドで社会主義を主張し...ついには内線に突入。マンネルヘイムに敗れてソビエトに亡命していた男。
フィンランド民主共和国を宣言してソビエトの大義名分となります。
銀河英雄伝説とか好きな人なら「銀河帝国正統政府」とでも言えばわかるでしょうか。
まぁソビエトが勝利していれば歴史は変わってこの人が英雄だったかもしれませんが...
フィンランドでは人気なさそうな人ですが、スターリンには重用されていてその後もソビエトで実力を見せて最終的にはクレムリンの壁に葬られているので決して操られるだけの無能な人ではなかったかと。
ただ社会主義を信じてそのために邁進したスターリンのよく出来た弟子であったのが不幸だったというか。
フィンランド労働者を解放する...というのはこのオットーの言葉に寄ったものだったのかな...と。
この時フィンランド政府は開戦の責任をとって総辞職。新たな内閣が誕生します。ここで首相となったのがリュティ。
開戦の責任をとって総辞職というと無責任に聞こえますが、どちらかというと「戦争をするために政府を作り替えた」のが正解かと。ただリュティはあまり戦争に賛同はしてなかったような節もありますが...
まぁソビエトの狙いとしてはここで電撃的に侵攻して有利な状態で再び交渉をしようというものだったようなんですが...フィンランドって極北のものすごい気候で...寒さに慣れているはずのソビエトにしても読み切れないほどのものだったという...
その上地の利を活かしてフィンランド軍は持ちこたえて他国の支援を待つ訳で、当初の予定通り侵攻出来なかった時点でソビエトの誤算は大きかったのかなぁ
と。軍事にそれほど明るくはないのですが、想像以上のねばりを見せられて手間取ってるうちに冬がきて自軍がどーにも動けなくなっちゃった...みたいな。
とはいえ世界の民衆はソビエトひでぇ、フィンランド助けないと!という機運にはあったんですが、各国の指導者は「そんなこと言っても巻き込まれたくない」
という考えをまったく隠さず。アメリカすらも積極的には手を貸さない始末。というか「大国ソビエトとフィンランドを並べるのはいけないんじゃないか」みたいなことを言い出す始末で最終的に信用ならない国というか今も含めてアメリカらしい合理主義というか。
イギリスにいたってはフィンランド支援を口実に進軍してドイツの軍事力を削ぐことしか考えてない始末。チャーチルが後に認めちゃってますしね...
本来はドイツが最もフィンランドを助けていい(もともとフィンランド独立からの友好国)んですが、実際には独ソ秘密協定で「フィンランドはソ連が取ることになってるしー」とかけらも助けてくれない状態になってました。
まさに孤立無援。
イタリアのムッソリーニだけは「共産主義大っ嫌い!ソビエトなんか消えてくれ!」な人だったのでそりゃあ気合いいれて支援してくれようとしたんですが、軍
需物資も何もかもフィンランドに届く前にドイツに没収されちゃう始末。なんというかひでぇというか実際の戦争ってのが信義とかそんなものが一切絡まない実例だと思います。
戦争においては信義とか人情とかまったくなくて...あるのは実利と欲望だけというのが本当なんですが、どうも最近の日本人にはその意識ないかも。
ともかくフィンランドは驚異の粘りを見せて持ちこたえ続けます。優秀な国民性もありますが、何より厳しい吹雪を味方につけたのが大きかった。ソビエトの侵攻はこの吹雪で立ち往生していたのですが、その際にフルボッコ状態だった軍を再編。吹雪の中反撃の進軍を開始。
分散していたソビエト軍を各個撃破して行きます。
(特にトラヴァヤルヴィの戦いなんてまんま奇跡のヤン状態。圧倒的な数の不利を覆して勝利してますし)
この冬戦争。ソビエト兵の死因のほとんどが凍死と言われるほどの戦いですから、冬を味方につけたフィンランド軍は少ない兵でもなんとか果敢に持ちこたえ続けていました。
またこの時フィンランド内に残っていた社会主義派の人間がこぞってフィンランド軍支持に回ります。
オットーはともかくとして、内戦後追い立てられた社会主義派閥の人間をソビエトは冷遇していましたから...当然といえば当然の結果。戦うための道具も生きるための何もかもを現地で調達しつつフィンランド軍は戦いを続けます。
ソビエトの戦車・銃・弾薬...それら全てを奪っては自分達で使う。もう死にものぐるいの反抗です。
(シモ=ヘイヘも鹵獲したソビエトの銃使ってましたしね)
寡兵にて大軍を打ち破ること数度。有名なアーネ・ユーティライネンやシモ・ユイヘの苛烈な戦果もこの頃に出来たもの。
その頃民間人をも巻き込む無差別空爆を行うソビエトに国際連盟でも非難が手中。
言うに事欠いて「なにいってんだ爆弾なんて落としてないさ。パンを投下してるのさ」と言い放つ始末。最終的にはソビエトは国際連盟から除名されちゃうことに。
まぁ除名されて言った言葉が「ふぅーこれで我々は自由に動けるぞ」だったんでもうなんというか当時のソビエトはいけいけ好ぎるというか。スターリンがね...ほんとにね...
とはいえ。
ソビエトはそうこうしているうちに戦線を立て直し。
ポーランドを攻略したばかりのチェモシンコを投入。
今までは大国のおごりか戦力を分散して戦ってたんですが、このチェモシンコものすごい有能な軍人で(後にフィンランド戦の功績もあって元帥に昇進してますし)、戦力の逐次投入と分散を止めさせて戦力の集中と一点突破に戦術を切り替えさせます。
これにはフィンランドもたまらなかった。
それまでは分散していたソビエト軍を各個撃破して地の利を利用して戦い続けていた訳ですが、戦力を増強して一気にかかってこられてはたまらない。
最後の砦とも思っていたマンネルヘイム・ラインを突破され英雄マンネルヘイムも後退を余儀なくされます。ここからの攻防はかなりすごいものがあるのですが、ともかくフィンランドは底力を発揮してソビエトの侵攻をギリギリで支えきります。まさに最終防衛線をなんとか死守したという有様でこのままでは敗北は必至。
その頃利に聡い国家指導者は「そろそろ助けるのが美味しい時期」と腰を上げます。イギリスとフランスが支援を表明。イタリアは元から支援しようとしてたのをドイツに邪魔されて激怒状態でしたけれど。
まぁ実際は支援することでソビエトの力を削ぎたいというのもあったんですが、フィンランドの善戦で「ソビエト大したことなくね?」という評価が広まりつつあり。ドイツがやる気満タンでふくれあがりつつもあり。ここらで手を貸しておくか...というのが本音かもしれませんが。
ともかく粘りに粘ったフィンランド軍はついにスターリンを講和に引っ張り出すことに成功。
徹底抗戦を叫ぶ声もあったんですが、マンネルヘイムが「ここで軍が壊滅しちゃったらもう後がない」と発言。まぁ、講和というのは余力があるうちにやるものですし。軍が壊滅したら講和するより踏み潰してしまった方が早い訳で。
戦争前よりもなおひどい講和条件でしたが、フィンランドは甘んじて受けます。これ以上は国が疲弊してもっと酷いことになる...苦渋の決断でした。
ともかく屈辱の講和ではあってもひとまずの平和は勝ち得た...んですが、これは次の戦争へのつかの間の一息でしかありませんでした。
冬戦争を見たドイツは「スウェーデンからの貿易ラインを守るためにデンマークとノルウェーに進軍する」という感じで侵攻を開始。ついでフランスへも侵攻。一ヶ月半ほどでフランスは敗北(この時期イタリアも参戦している)。
その頃講和によってフィンランドから勝ち得た土地に共和国が作られ...そこにはあのオットーの姿が。
秘密協定を持ってソビエトとドイツはそれぞれにヨーロッパの蹂躙を開始。
フィンランドの大統領死去に対する後継人事に対してもソビエトからの横やりが続き...きな臭い匂いを残しつつリュティが大統領に就任。
講和がなったとはいえ...敗戦国への風当たりは強かった。
フィンランドは苦渋の選択の末ドイツの支援を受けることを決定。
世界が枢軸国と連合国に2分されて行くなかでついにドイツはソビエトとの開戦を選択。
祖国の領土奪還に賭けるフィンランド国民の熱い思いがついに銃火と結びつき。
フィンランドはドイツ軍と供にソビエト領土となったかつての自分達の土地へと侵攻。
これがためにドイツの協力国と言われ。
ただ祖国を取り戻したかった思いは身勝手な欲望とされ。ドイツの同盟国とされ。
戦後の糾弾へとつながって行きます。
まぁ冬将軍をなめてたのはドイツも一緒だったということで...電撃作戦をするには広すぎたというかソ連がでかすぎたというか...
その後は本文の通りで。
ドイツの力を借りつつもそれは「私一人の考えでフィンランドは違うんで」という秘策をリュティが炸裂。
当初否定していた個別講和をソビエトと結んで。
戦後の非難を全てリュティに押しつけることで回避。(実際にはそううまく行ってませんが)
実際戦争犯罪人として裁かれたリュティですが、その後わりと早い段階で釈放されてますし。この辺りはマンネルヘイムもわかっていていろいろ指示出してたんだろうなぁと。まぁ健康を害していたためってことになってはいるんですが...
この継続戦争。
爪痕はとても深くて。
共産国ではないけどソビエトの協力国、とフィンランドを定義づけられるにいたり。
フィンランド化などと揶揄されることにもなりました。
ですが、それでも国体を維持し。国家を存続させ。国民のための土地を守ろうとした当時の人々のことを思うと。戦後敗戦国となった身で他に何が出来たのかと。
それを責めるのは間違ってるなと。
生き延びるために何でもする。ドイツすら欺いて見せたリュティを思うと。
国家を維持するということは。国土を守るということは。
みっともなかろうと格好悪かろうと。やれることをやってこそ。結果を出してこそなんだと思うので。
私はむしろよくやったなと。すごいことだと思っていたりします。そうでなくて
今のフィンランドは存在してないでしょうから...
※2
私がリュティに興味を持つきっかけになった古いflashがニコニコに転載されていました。
当時の戦闘の苛烈さと供にフィンランドの英雄達のことがわかりやすく描かれているので必見です。
今回の記事を書くにあたりやはり参考にさせていただいています。Flashの作者に感謝を。
全部で4部作。戦う好調とかユーティライネン兄弟とかもすごいですが、なぜマンネルヘイムが英雄と呼ばれているのかよくわかります。