このスペイン語をかつて一人の日本人が叫びながらユダヤ人たちを見送った。
腱鞘炎になりかけた腕を酷使してでも彼は人々を救うために書類を作り続けた。そうせざるを得なかったのだ。
本来の意味ならば「神様と一緒にいけるといいね!いい旅を!」ぐらいの挨拶。
だがそれが独ソ戦前夜...世界が暗雲に覆われていた時代。本国の命令に背いてビザを発行し続けた男が、自ら書いた書類を手に列車に乗ったユダヤ人達に送った強い言葉となれば。
意味はおそらく...こうだと思う。
「神と共にいけ!」
神と共にいけ!そして生き延びてくれ!...たぶん伝えられたのはそんな意思だと思う。
ソリー・ガノールが伝えた言葉は静かでしかし意味深い。
もうこれ以上書けない。みんな許して欲しい。そう言った後に列車から叫んだ言葉はおそらくこのスペイン語。そう記憶している人もいる。言ったかもしれない。言わなかったかもしれない。
でも彼なら...言いそうだと思える。
その言葉に送られた人々は困難の道を必死にたどり...たくさんの脱落者を出しながらシベリア鉄道を使い...日本に渡る。
独ソ戦前夜。6000人のユダヤ人を救ったと伝えられる男の言葉。
日本政府や外務省が冷淡に扱い続け...ついには打算でしか名誉回復をしなかった。
けれど。
昨年の大震災の時...日本への支援の中に何度も彼の名があった。数々のユダヤ人達が彼の名を呼び今こそ恩を返すときだと力を貸してくれた。
日本が忘れても世界が覚えていた日本人。
偉大なとかそんな形容詞はいらない。文献で読むだけでも複雑なその生き様に魅了される。引きつけられる。
決してただ立派なだけではない男。スパイであり外交官であり...なにより自分の良心に正直だった男。
この人について学ぶと自然と涙が溢れ...人道について考えさせられる。
ただの挨拶にすぎないはずのこの3つの単語が命の絶叫にも思えるのだから。
かつては教科書にも載らず。
ずっと外務省から疎まれ続け。
その名誉は長らく踏みにじられ続けた。
いまだ国賊と呼ぶ人もいる。
国名に背いたことは確かにいけないことだったろう。職務を全うしたとはとてもいえないかもしれない。あの時代。あの瞬間の判断として確かに国賊だったのかもしれない。
しかし彼は人としては決して間違っていなかった。
間違っていたのは戦争であり当時の各国の首脳達だったのだろう。
興味があればWIKIでも見てみて欲しい。そこには一人の男の生き様が淡々と書かれている。
心ある教師は彼のエピソードのひとつも子供達に教えてやって欲しい。そこには世界に誇れる...世界の人々が尊敬する日本人の姿がある。
くだらない活動や政治への関わりを持つ暇があるのなら。道徳教育と言ってビデオを垂れ流す授業をするぐらいなら...
今の親や偉い人達のエピソードよりはよほど情操教育になるだろう。そんな気がしてならない。
彼のエピソードはユダヤ人へのビザ発行だけがクローズアップされがちだが、実際にはソビエトへの諜報活動も含めて一筋縄ではいかない側面もある。奥深い人だ。
不遇な晩年。名誉回復のいきさつ。
自ら調べてそれらを知ると...自然と頭が下がるのだ。
個人ブログで書けるほど狭いものではないし...出来れば自分で調べて欲しい。
WIKIを見て...最近再評価されているのかいくつかの書籍も出ているのでそうしたものを読んで欲しい。
いざ戦争となった時。明日の近い未来に。
...我々は彼のような行動が出来るだろうか。いざ...その時に。
杉原氏はこれだけのことをしてのけながらも晩年までこう言い続けた。
「大したことをしたわけではない。当然の事をしただけです」
...損得ではなく。憐れみと同情だけで職や命をかける。そしてこともなげにたいしたことはないと言える人。
そんな人がかつて日本にいたのです。