時代を彩ったかつての名機たち(10)...「負けず嫌いが生んだ追加武装の極地FM77AVと8bit機の最終形態を目指したX1TurboZ」

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 かつてホビーパソコンと呼ばれたパソコン達の大きな特徴は「8bitパソコンでそれなりに安価だった」ことが含まれると私は思っています。これが時代の変化と共に16bit機へとホビーパソコンが移行して行く時に地殻変動を起こし...ホビーパソコンという名のカテゴリー自体が消滅して行くことに。高価でハイパワーなパソコンによる「ホビー用途も出来る」という環境は...しかしかつて少年達の胸を熱くしたものではなくなっていました。
 ゲームは専用機で遊ぶ時代の到来。
 そんな時代に向かう中でホビーPC末期に登場した「究極の8bit機」がいくつも存在しました。もうそこまでいったら16bit機にした方がいいんじゃないか?と思わせるほどにベース機よりも強化された8bit機の存在。
 今回はそんな末期のホビーパソコンの中から「FM77AV」とX1 turboZ」を取り上げます。


 16bit機や32bit機の時代。
 一部の化け物じみたパソコンを除いて...ホビーに特化したパソコンというものはどんどんと無なくって行きました。先ほども書きましたが「パソコンの使い方の中にホビー用途がある」そんな世代となっていくのです。
 けれどそこにいたる過度期には8bit機の究極系ともいえる機種が世の中に登場しています。奇妙に似通ったライバル機種2つ。その姿はどんなものだったのか...


「FM77AV」

 富士通が生み出したFM-8から連なるシリーズの最終形態ともいえる機種です。最も有名なのは4096色の同時発色。目を見張る鮮やかな画面はユーザーを魅了しました。FM-77AVではなくFM77AVなのがちょっと面白い。

 実はその前にFM77という機種が発売されています。キーボードと本体が分離したそのフォルムは未来のFM-7といった感じでしたか。(兄貴分の機種達に似たセパレートタイプになっていくのはこの時代のホビー機の特徴でもありますね)周辺機器が高かったりといろいろと不幸はあったものの順当なバージョンアップではあったかと。

 ただ...どちらかというと「フロッピー内臓のFM-7のちょっとすごいやつ」といった感じに私には見えました。
 8801でいえばmkⅡ。そんな感じ。

 ところがそのすぐ後...後継機FM77AVが発売された時にはユーザー達は度胆を抜かれます。
 640x200という解像度で4096色同時発色可能というのはとにかくインパクトが大きかった。フロッピーもライバル8801mkⅡMRから始まるMシリーズと同様に1Mのフロッピーに対応。サウンドはFM3音PSG3音とどこかで見たスペック(搭載チップも含めて8801mkⅡSRとほぼ同等)。
 ライバル機からの移植も含めて環境を整え...そして独自路線を突き詰める。富士通らしい力押しな強化をされた...とても魅力ある機種の登場でした。

 飛躍的に増大した表現能力と大容量フロッピーの搭載。描画スピードの速さに圧倒されたりして...NECユーザーだった私にはつくづく化け物が出たなぁ...と思えたものです。(実際アセンブラではなくF-BASICでも結構いろいろ出来たのが衝撃的。私が知人宅でこの機種に触れていたためその後FM-TOWNSへの道を歩むことになります)

 専用のモニタを使用することでTV等も楽しめた辺りはX1シリーズにも通じるものがありました。富士通が作り上げた「ホビーPC」のひとつの形としてはほぼ完成形であったでしょう。

 FM-7との互換もある程度はもっていたのでFM77シリーズはFM-7の正当後継シリーズだと言っていいでしょう。
 二代目のFM77AV40からはVRAMをさらに強化。ついに26万色からの発色となり上位の16bit機でも出来ない表現力を持つにいたりました。(一部機種はとてつもない高みへと突っ走ってましたが)

 富士通はとてつもなく「負けず嫌い」なところがあり...このFM77AVシリーズはその負けず嫌いが生んだ「追加武装を駆使する8bit」として究極ともいえる存在だったと思います。

 富士通はそれこそ下から上まで自社のみでラインナップを展開出来る稀有な会社です(パーツも込みで)。下はそれこそ組み込み機器から上はスパコンまで単独一社で展開出来るというのはある意味でおかしい。(それこそ専用CPUの設計等も含んで自社だけで全てを完結させようと思えば出来る会社だったという。そのためプライドはとてつもなく高かった)

 後年FM-TOWNSが出るまでは富士通は16bit機のホビーPCを発売せず8bitで勝負し続けました。これはゲームは8bitで十分という認識が業界内にあったのと...販売戦略的の問題もあったのでしょう。(ゲームは8bitPCで十分というのは実はNECも同様のことを88シリーズの最終形MCの発表時に言ってたりします。X68000やTOWNSに対しての自信だったわけですが、結果は...おっさん世代なら知っての通りの大爆発。いい機種なんですけどねMC)

 こうして強化され続けたFM77AVシリーズは最終機FM77AV40SXでついに最終形となります。別売りだったオプションを標準搭載しさらに機能がてんこ盛り。ビデオ取込機能とスーパーインポーズをも実装した結果...当時のライバル機のもってる機能は一通り網羅。もはや「我ニ敵ナシ」状態。ただしライバル不在に近かったですが...

 追記武装を搭載しまくったにも関わらず基本スペックの優秀さもあって全体のバランスが破綻なく維持出来たのは特筆ものでした。メモリ内転送を駆使して高速な画面描画を持ってすれば家庭用ゲーム機に負けないゲームを作ろうと思えば作れたかも...少なくともポテンシャルはとんでもなく高かった。(ある意味で後年のFM-TOWNSよりもテクニックを駆使したプログラムを組む楽しさがあったかも)

 とはいえ。

 そうはいっても。

 時代の流れの中でいかに性能を上げようとベースは8bit機です。
 時代がゲーム専用機へと流れて行く中で少しずつその勢力は削られ...消えて行くことになります。FM77AVもまた...

 FM77AVはFM-7の流れを組みながらも新しい機能をどんどんと取込つつ強化を続け...子供達に夢を見続けさせたホビーパソコンの横綱の一人だと思います。惜しむらくは登場の遅さと発売された専用タイトルの少なさだったでしょうか。

 対応タイトルではその機能が少しだけでも活かされておりユーザーを楽しませたものでしたが...ある意味で無念の機種でもあったのではないかと...

 富士通マインドを表す言葉のひとつ「夢をかたちに」

 まさにその名の通り子供達への夢を詰め込んだ箱だったFM77AVシリーズ。
 その末期は少しだけさみしかったけれど...その魂は昇華し。FM-TOWNSシリーズへと結実します。

 そう...富士通は諦めなかった。
 他社がホビーパソコンから撤退し...強力なライバルX68000が出現してもまったく引く気はなかった。
 それはやはり負けず嫌いな富士通ならではの姿だったかな...と思います。
 熱心なユーザーはその後もFM77AVを愛していました。
 私はレイドックやシルフィードがうらやましかったな...そんな思い出があります。


「X1TurboZ」

 SHARPが発売したX1シリーズの最終形態。
 そしてもっとも不運なX1。

 なにせ同時発売はあの「X68000」です。

 その圧倒的なまでの差がX1TurboZをかすませてしまいました。
 X68000はすぐに手が届くようなものでもないし...ましてホビーパソコンと呼ぶにはあまりにも高価すぎた存在であったというのに。
 その眩い性能にユーザーの目はX68000に囚われてしまいます。
 時代はバブルに走る前年であり空前の好景気がこの後に待っていたのもまた不運。高額であっても購入する層が増えていった訳です。タイミングがまるでかみ合っていなかった。悲劇はそこからはじまりました。

 そんな中であえて購入したユーザーだけが知っていた「究極のX1」の姿。
 それはある意味で8bit機の最終形態でもあり究極でもあり...ひとつの終着点でもありました。

 まずその表現能力。8bit機でありながら他社16bit機に迫るものがありました。FM77AVとも戦える4096色のアナログ表示はやはり美しかったです。ただちょっと描画スピードに難がありましたけれど...

 サウンドはX68000にも搭載されたYM2151を搭載(それまではオプション音源だった)。X68000との最大の違いはADPCMではなくPSG(YM2149)も搭載していること。マイナーですがこのYM2149はPSGチップとしては異例の高機能チップ。マニアックな話をするとハードウェアエンベロープが32段階あるってだけでもいじりがいが(笑)

 そのPSG3音とFM8音を同時発声出来るというのはとんでもないことで、当時存在したどの機種よりも(PCM音源を除けば)優れていたのではないでしょうか。X68000もPSGは搭載してなかったと思いますので...(代わりにADPCM音源を搭載していたので活用次第ではこれもまたとんでもなくいい音を奏でることが出来ましたが。PCM8とか懐かしい...)

 Z-BASICと名付けられた専用のBASICが発売され(ZⅡ以降は標準添付。初代は別売りだった記憶が。うろ覚えですが)まして。これがまた面白い代物でした。
 なにより8bit機ではこれまた稀有な「マウス標準装備」という。あらゆる意味で8bitらしくない機種だったかもしれません(X1らしいといえばX1らしいのですが)

 SHARPとしては「上はX68000。下はX1urboZ」という住み分けを考えていたのかもしれませんが...X68000の性能が...存在が...あらゆるものがX1の姿を蜃気楼のように霞ませてしまいました。

 他機種からの移植はベタ移植ばかりでZシリーズの強みは活かされないまま。(普及台数の絡みもあるでしょうが)
 例外はサウンドでしたが、それも数は少なく(ファルコムのサウンドはこのX1系ステレオ音源が今でも至高と言われるわけですが)。

 SHARPの戦略として「一定年数は基本スペックを変えない」というものが当時ありまして。
 CPUがずーっと同じスピード(厳密には違うのかもしれませんが公称で4Mhzのまま)だったのもユーザーからしてみれば辛かったのかもしれません。

 このスペックを変えない戦略はX68000でも繰り返されますが、狙いはともかくユーザーからしてみれば足枷に見えていたのかもしれません(互換性的には正しいとは思うのですけれど)。

 ついに1988年。運命の最終機種X1turboZⅢの発売をもってX1シリーズの歴史は終わりを迎えます。

 わりとひっそりと発売されたこの最終機ですが、中身はなんというか...開発チームの怨念渦巻く機種です(笑)

 まず仕様書と違う性能の箇所があちこちに(^^;
 それもすべてが仕様以上になっているという...wikiにもありますが、VRAM容量が倍になっていたりするのがそれらの向上部分。この最終機はある意味とんでもない化け物ホビーパソコンだったわけです。

 ひっそりと発売されて消えていったこのTurboZⅢは間違いなく「8bit機の最終形態」のひとつではあったでしょう。あらゆるオプションを搭載し値段を下げ...今までの資産を活かしつつ(互換性は相変わらず高かった)作る楽しみがある人には本当に楽しい機種として世に出たのです。

 惜しむらくは登場が遅すぎたこと。

 なによりX68000という兄貴分があまりに強大であったこと。

 どっかの漫画ではないですが...

「兄より優れた弟など存在しねぇ!」を地で行ってしまった不幸がありました。

 この辺りはMZと同じくSHARP自身が生み出してしまった悲劇だったでしょう。
そもそもTurboZ自体その前のTurboⅢ発売から数週間ぐらいで発表になってるので前機種を買った人からしたらSHARPには言いたいことはたくさんあったものです。目の付け所がSHARP過ぎました)

 X1で育った子らはX68000や他のメーカーのPCへと流れて行き...8bit機の衰退もあって。ホビーパソコンのカテゴリーの消滅と共にX1はその幕を閉じました。

 今回紹介した2機種には奇妙な共通点があります。
 それは...

「強力な後継機種が存在するのに後継機種との間に互換性はない」
「8bit時代最強を名乗れる存在でありながら時代の中に消えざるを得なかった」
「ホビーパソコンの終焉に立ち会った機種のひとつ」

 などの特徴です。
 過度期で末期。
 まさに時代の節目に咲いた「あだ花の美しさ」をもった機種達だったかと思います。
 まぁ...X1turboZは最後発の機種だけに生まれた時から悲しみに包まれていた機種だったかもしれませんが... 

 これら2機種を今でも愛する人はたくさんいます。
 作る喜びを知る人はこの機種たちの素晴らしさを知っている人が大勢います。
 多彩な表現力を手に入れながら作りやすさを失わなかった時代の名機。
 フルアセンブラでユーザーがゲームを作れた時代の代表機。

 あまり知られていない機種かもしれませんが、まさに「時代を彩ったかつての名機たち」の名にふさわしい機種の2つだと私は思っています。

 FM77AV40SXとX1turboZⅢ。

 ライバルになるにはあまりに市場が...戦いのリングが狭くなってしまった時代の名機。
 他社が衰退していく中で。最後まで踏ん張ったその姿を輝いた時代が確かにあったのです。

 その末期はそれぞれ自らの兄貴分たちによってつぶされてしまうという悲しい結末へと続いて行きます。
 この2機種の後継機たちこそが「ホビーパソコン」の最後の世代を代表する2機種。

 「X68000」と「FM-TOWNS」

 時代は16bit以上のCPUを搭載したゲーム機を生み出しました。
 しかし...世の中は変わり...作る楽しさから遊ぶ楽しさ重視の時代へと変革していきます。そんな中で最後の最後まで戦った「最後のホビーパソコン」。この2つの機種についてはいずれまた。

 そうして変革を経て...年月を経ても。
 未だ作る楽しみを失わぬ中高年となったかつてのユーザー達。仕事で趣味で...その姿は様々ですが。
 昔はよかった...などと懐古に浸らず。むしろいい時代になったものだと笑いながら楽しむ大人達。
 そんなおっさん達の中から私の友人2人かられぞれの機種の思い出を言葉にしてもらいました(未だ実家にはそれぞれ思い出の機種があるようですが)。

「X1とX68000で育った開発者は今でもたくさんいるよ。夢を叶えるマシンで育ったやつらが今は夢を叶え続けているんだろうなぁ。みんな諦め悪いんだ(笑)」
「夢を形にか。懐かしいな。FM77AVの表現力とFM-TOWNSのパワー押し。ハードの力をどう引き出すかを学んだよ。PS3では手こずったけどVITAは結構早めに対応出来そう。ディレクターじゃなくてプログラマーでいられた時代の思い出がFMにはあるな」

 かたやスマートフォン向けのゲームのプロデューサーを。かたやPSVITAのゲームのディレクションをしているかつての「ホビーパソコンでプログラムを学んだ子供達」。
 ホビーパソコンにメーカーが託した思いは今彼らを通じて再び子供達のもとに還ってくるのかもしれません。

 かつてホビーパソコンと呼ばれた様々な機種がありました。ファミコンの登場前夜。ゲームを遊ぶだけではなく「作る」のが当たり前だった時代の名機達。

 あまりマニアックなところには触れず今後も様々な機種を紹介していければと思っています。