キリンの意地が光る安くてうまい酒「富士山麓」...キリンディスティラリー社とキリンウイスキーの話

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※2015/05/17の記事のリンクを整備して、一部修正を加えました。日本のウイスキーには安くてうまいものがあることをもっと知っていただけたら。

 酒量を減らさないとなぁと思う季節がやってきました。
 暑くなるとついついビールや缶チューハイに手が伸びて、結果的に酒量が増えてしまうという悪循環。
 とはいえ。最近の缶チューハイは「ローカロリー」を謳うもののアルコール度数がウナギ上りです。8%は当たり前の世界。逆に1%を売りにするライトな商品まで展開されて。
 いやまぁ確かにカロリーも気にしたいですが、アルコール度だって気になってしまう。特に量を飲んじゃう可能性強い種類の酒ですし。
 だったらこの季節...夏に向かって行くこの季節ならではの楽しみとしてウイスキーを舌先で転がしたいなと。量ではなく味わいながらゆっくりと飲む酒として。
 今回はそんなウイスキーでもあまり知られていない?キリンウイスキー「富士山麓」のお話をさらっと書いてみました。

※わりといい加減な知識でよく調べもしないで書いてるかもしれませんので、読んで不快になられましたらそっとブラウザを閉じていただければ。数字等の間違いがあればご指摘いただければ助かります。それでもよいよという方のみお読みください。


 先日、酒の量販店に友達と行ったおりに「ああそうだウイスキーを追加しとこう」と思い立ち。安価でうまいウイスキーを物色していました。
 まぁブラックニッカや角瓶など国産にも安くてうまいウイスキーは多い訳で、今度酒税があがるにしてもやはりこのあたりのクラスのウイスキーは手軽に楽しめていいなぁとニコニコと物色していて見つけたのがこれ。

IMG_5687.JPG
 キリンウイスキー「富士山麓」。

 個人的にはそこまでメジャーじゃないにしてももーちょっと知られてるかなーと思ってたんですが、同行していた友人達に「ええっ!?キリンってビールの会社じゃねーの?」とか「どうせ輸入した中身をパッケージだけして売ってんじゃない?」などと言われるハメに。

 これはいけない。

 国産ウイスキーといえば確かにニッカとサントリーが有名ですが、輸入元としての実力や販路も含めれば実はキリンも「ウイスキー企業」としてはかなりのもの。
 まして他社に遅れに遅れた参入の後に見せた「キリンらしくない...でもやっぱりキリンらしい意地」がすごい好きで。(海外勢の力を借りてでも早期立ち上げようとした決断や、速やかに蒸留所を建設する手際など随所にキリンらしい面を感じます)


 その後いろんな人に聞いてみたんですが、やっぱり「キリンってウイスキー出してたんですね...」という意見が大半で。
 むむむ。
 いけない。
 安くてうまい国産ウイスキーとしてもーちょっと売れていいし、楽しんで欲しい酒なのに。飲めばその味わいがわかるのに...
 というわけでこのところあちこちに持ち込んでは啓蒙活動をしていた次第(^^;

 まず、キリンが扱うウイスキーについて予習。
 wikiなど見ればわかりますが、輸入してるブランドはかなりのメジャーネームばかりです。
 1・ロバートブラウン
 2・ジョニーウォーカー
 3・ホワイトホース
 4・フォアローゼス
 5・IWハーパー
 ふと思いつくだけでもこれだけのブランドを扱っています。それぞれにさらに年式の派生などもあるため、取り扱ってる種類と量はかなりのもの。
 間違いなくキリンの中にはウイスキー好きの血が生きてるなぁと思わせるラインナップとこだわりだったり。
(スコッチとバーボンがその中でも特に好きなんじゃ...と疑ってもいますが)

 で、今キリンが出してる国産ウイスキーはといえば...(販売終了品は除く)

1・富士山麓
2・ボストンクラブ
3・ロバートブラウン
(他:オーシャンラッキーゴールド)

 といったところ。
 富士山麓は今回の記事のメインとなるお酒ですので後に回すとしてまずは他のウイスキーを軽くご紹介。
 まずはボストンクラブ。



 何代かの改良を経て、今あるのは2種。芳醇原酒と淡麗原酒。ある意味ではキリンを代表する「お手軽ウイスキー」だと思います。
 芳醇原酒はピートこそ効いていないものの、食事に合わせてもいける優しさと軽さが秀逸。淡麗原酒はさらに飲みやすくした感じの味わいで、ウイスキーなのかリキュールなのか?といった感じ。
 何世代か前よりコンビニにあるミニボトルコーナーの常連入りしていて、小瓶で買える酒として存在感があったりなかったり。入手性もよいんですが、これを「キリンのウイスキー」と認識して買ってない人の方が多いという...
 ブランドとしては成功してるといえますが...(苦笑)
 値段も安く...変な話ですが、「ブラックニッカ」や「スーパーハイニッカ」と戦場を同じくする酒だと思いますので、たまに試して見て欲しいところ。(価格帯がほぼ一緒なのです)。でかいペットボトル売りがあるところまで同じ。

 次はロバートブラウン。

 昔はさかんにCMを打っていたので、名前に憶えのある人も結構いるかもしれません。これも実はキリンのウイスキー。
 キリンウイスキーの元祖ともいえるウイスキーで、世代変更はあれどコンセプトにぶれはなし。キリン蒸留所が生み出した最初の傑作です。
 スコッチウイスキー由来の味わいをベースに「日本人が飲みやすく、日本人に合ったウイスキーを」と調整されたブレンドは芳醇にしてきつすぎず。
 ブレンデッドされる原酒は国産9割海外1割と言われますが、品質はとても安定しています。若い頃に飲んだ味わいと感触が今でもそのまま味わえる。変わらぬ味をブレンドで調整し続ける職人芸がここに生きています。
 リカーショップにいけば棚にいつもあって存在感を見せていますが...なぜかこれもキリンウイスキーとは思ってもらえてません。ロバートブラウン社とかあってそこから出てるんじゃ?などの珍回答も友人から頂きましたが、御殿場製造の国産酒です(笑)

 番外にオーシャンラッキーゴールド。

 キリンウイスキーの中では最も安い商品。4000mlで4000円を切る激安通販とかあったりしますので、安さがわかるかと。
 味はといえば、しっかりとした原酒あってのことですが、値段の割には悪くない味わいです。案外フルーティーなので、下手にジュース類で割るぐらいなら水割りで楽しんで欲しいかも。気軽に買えるウイスキーとして酒の量販店て見かけることも。上のボストンクラブとの価格差もあり、出費が気になるお父さん達からはちょっと熱い視線を受けやすいウイスキーです。
 個人の感想としては...「薄い富士山麓」だったりします。お父さん達の晩酌用ウイスキーとして根強い人気があります...がこれもなぜかキリンウイスキーと思われていない。なぜだ...ネーミングのせいだろうか...キリンはゆかいなネーミング多いからなぁ...

 最後が今回の主役、「富士山麓」。
 価格帯としては...どうなんでしょうね。600mlの瓶で800-1200円の間で売られてる感じの商品です。
 味は上にも書きましたが「オーシャンラッキーゴールド」に共通する味わいがあり、こちらの方がやや「濃い」感じでおいしいです。

 誕生が面白くて好きな部分もあります。
 上に書いたいくつかのウイスキー...それらを作って行くうちに「新しいキリンの顔となるウイスキー」を作ろう!という話になり。

(正確にはウイスキーブームが去ってしまい、このままではいけない、新しい時代の顔となるウイスキーを作ろう!なんですが)
 ロバートブラウンに含まれる原酒も何もかも全てをいろいろ調合・調整して試しに試してようやく「これだ!」という味になったのが富士山麓。
 しかも作ってみたら「やっべアルコール度たけぇ」というおまけつき。
 通常売られている富士山麓は50度ですから、高いですねほんとに。
 ハイニッカなど「日本で好まれる国産ウイスキー」はだいたい40度前後ですから、それよりワンランク高い。
 冒頭で書いた缶チューハイではないですが、相当に強い酒が出来てしまった。

 けれどキリンとしては「これがキリンのウイスキーなんですよ」という想いは消せない。そのまま販売されて今にいたります。
 1000円程度で買えるうまいウイスキー...そんなカテゴリーがあるようなんですが、その中できらりと光ってる商品なのは確かです。国産だとブラックニッカ辺りもエントリーしてそうですね。海外だとジムビームやフォアローゼス辺りでしょうか。

 味わいはさわやかで、水のうまさが光ります。(富士山麓の水を使用というのは伊達ではなく本当にベースとなった水がうまい)。
 ややまろやかでとがったところが少なく、フレーバーとして何かを加えても負けずに味わいを維持出来る土台があります。
 舌にとろけて消えるような高級酒とは違い、しっかりと自己主張しつつもすっと入っていく飲みやすいウイスキーだと思います。
 ジュースやコーラで割ってもいいですが、おすすめはなんといっても「水割り」です。
 比率は...蒸留所の人曰く「個人の感想で公式見解ではないですよ?」と注釈付きで1対1の比率がベストとのこと。
 それも冷やした水ではなく、常温でよいと。
 常温の富士山麓を常温のミネラルウォーターで割って飲む。
 優しい味わいが身体に広がり、変な負担もなくすっと入っていく。食事にも合うし晩酌にもいいですよと。
 もともとアルコール度が高いので、稀釈するとかなりいい感じになる。
 暑い日ならロックか冷やした水による水割りもいい。
 自由に楽しんで欲しいですが、通の人ならストレートで、そうでないなら水割りがオススメですとのこと。
 私も同じ感想で、水割りにしてうまいウイスキーだと思っています。(趣味でロックにして飲んじゃうことも多いですが)。
 安くてうまいウイスキー。そして国産(原酒には海外産を含みますが)。富士山の育てた水と合わさって。財布に優しい酒として今日も愛されています。

 ウイスキーブームは何度も来ては遠ざかってを繰り返していますが、近年もまたウイスキーブームがありました。
 マッサンでウイスキーブームが来た!などとマスコミでは煽ってましたが、実際には長年かけてサントリーが「角ハイボール」を主軸に必死にブームを作ろうとしていた下地があってこそ。
 そのサントリーウイスキーもキリンウイスキーと同じような理念の元に生まれています。
 曰く「日本人による、日本人が好む、日本人のためのウイスキー」。
 竹鶴さんが作りたかったのが「本場のウイスキーを日本で」ならば、サントリーは「日本人に合わせたウイスキー」を作りたかった。
 ではキリンが作りたかったものはなんなのか。キリンが目指したウイスキーとは。その歴史をちょっと見てみましょう。

 キリンウイスキーの生まれ故郷はキリンディスティラリー富士御殿場蒸溜所。
 静岡県御殿場市に本拠地を持つキリンディスティラリー株式会社。かつてはキリンシーグラムと呼ばれていた会社。(2002年に提携企業解消があり現在の名前に変更)
 そもそもは1970年代。酒税の絡みやら輸入の絡みやらいろいろすったもんだしていた時代。

 輸入自由化の波がウイスキーに押し寄せていました。
 バーボン・コニャック・スコッチ...高級酒と呼ばれていたウイスキーはようやく庶民の手に届くところにこようとしていました。
 今から40数年ほど前ですが、戦後でいえばまだ20数年しか経っていない頃です。
 復興、復活、燃え上がるように日本中が発展を遂げていたころ。

 すでにサントリーやニッカなどは戦前からウイスキーに注力していましたが、キリンは洋酒への参入はこの年代から。
 遅れた参入はしかし海外との提携による加速を生みました。

 シーグラム・オーバーシーズ・セールス・カンパニー。カナダにあった酒造メーカ-。まずはここの酒を輸入することで洋酒市場へとキリンは殴り込みをかけます。
 1971年の秋から冬にかけて、国内での販売戦略を進める中、やはり自社で製造も手がけねばという機運が高まります。
 明けて1972年。
 そう、ミッドウェー海戦から30年。
 終戦から27年。
 キリンビールのブランド復活から23年(戦時中は商標が使えなかった。1949年に復活)。
 復活のキリン缶ビール発売から12年。
 (こうして書き出せばわかりますが、戦後復興の中労働者に安価なビールを...おいしいお酒をと各社がしのぎを削った時代があり、その先に「高級酒だったウイスキーを家庭に」の流れがあったりかなと)
 その流れの中...参入から1年を経て。
 1972年夏。キリンシーグラム株式会社が設立されます。シーグラム・シーバス、そしてキリン。手を取り合う国際的な握手のもと。
 日本人独自の手にこだわった他社とは違った道をキリンは選択したのです。

 翌年には富士御殿場蒸溜所が完成し、国産ウイスキーの製造を開始します。
 1941年の提携の段階から「日本でウイスキーを作る」ことは考えていたようで、この頃様々なレシピが考案されました。候補地となった富士山麓の水のうまさ、豊かさをどう活かして行くのか。どんなブレンドが合うのか。日本人が好む味はなんなのか。

 工場稼働後もそうした苦難が続き。
 生まれたのがロバートブラウン。
 今にいたるも健在な「キリンの国産ウイスキーの顔」です。

 実際にはその後も何度も何度もレシピが変わっていますし製法にも手が加わっていますし、味がまったく同じまま続いている訳ではありません。
 が、ブレンデッドウイスキーだからこそ出来る「ブレンドの妙」によってその味わいを維持し続けています。
 キリンのウイスキーの理念はサントリーと同じように「日本人に合うウイスキーを。日本人が好む味わいを」というのもありますが、そこに"二つ"のプラスがあるようです。

 日本から世界に通じるウイスキーを。
 高くなりすぎず誰でも買えるウイスキーを。

 高くてうまいんじゃ誰も買ってくれないじゃないか...酒は飲むもの。
 飾るものじゃない。
 そうした考えはずっと商品に反映され。
 手軽に楽しめるウイスキーが生まれてきました。

 今回の富士山麓もまたその理念の上に。
 「高くなりすぎない」よう安価でうまい「新しいキリンの顔となるウイスキーを」と生み出された「安くてうまい酒」。
 ロバートブラウンが創業者の顔なら後継者の顔は富士山麓。

 再び去ってしまったウイスキーブームの後に難産の中生み出された優等生。
 それが富士山麓かな、と。

 高級酒はうまくて当たり前。
 けれど国産ウイスキーなら当然「安くてうまい」もんじゃないと。
 そう思って私自身いろいろ試してきた中で。
 あまりメジャーじゃないかもしれませんが。

「キリンが自信をもって送り出しているウイスキーがある」

 そのことをちょっと知って欲しいかな、と。
 百貨店でも量販店でも。キリンのウイスキーは案外どこでも売っています。
 気づかず飲んでる人も結構いて。でもちょっと調べてから飲むと...味わいも深くなるんじゃないかと。

 たまにはちょっと試してほしいウイスキーとして。
 今回は富士山麓を紹介してみました。

 ものすごいおいしいウイスキーとかそういうのではなく。
 安くてうまい。

 そういうウイスキーです。
 角瓶とかブラックニッカとか。
 そうした酒を愛する人たちに笑顔で飲んで欲しいな。そう思いつつ。


※番外編

 記事に書いたキリンのウイスキーの理念ですが、真っ向から逆らってる酒が1つあります(笑)
 今回の記事に書いた「富士山麓」の18年ものとして売られているお酒。

 富士山麓 シングルモルト18年

 なんとノーマル目との価格差はほぼ10倍(笑)
 700mlの瓶で1万円越えは余裕。
 名前こそ同じなんですが、中身ははっきり言って別物です。
 ノーマルの富士山麓がブレンデッドなのに対してこちらは長く寝かせたシングルモルト。
 理念とかそういうの全部ぶっとばして
「高級なウイスキーを作りたかったんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
というキリンの作り手達の思いの結実(^^;
 これ、わかってる人の話ではネタとしてよく出てくる酒なんですが...実際のところ在庫してあるところはほぼ皆無です。
 Amazonや楽天でも注文できますが、注文確定後メーカーから納品次第発送ばかり。
 そもそも流通量が極端に少なく。
 知名度も低い。
 なのにキリンが全力で高級酒路線を突っ走ったお酒なわけで、在庫するにも度胸のいる酒となってしまっています。
 うまいんですけどねかなり。
 なお、箱は専用。
 ラベルも1枚1枚手で貼られ。
 瓶はちょっと調べきれませんでしたが、これも特別なものとのこと。
 ふたはコルク状になっていてさらに高級感を盛り上げてくれます。

 この酒、主戦場が「贈答品」になっちゃってるんですよね...(^^;
 かつて銀座でダルマをボトルキープしてお父さんたちがブイブイ言わせてた時代の雰囲気を今なお濃く受け継いで。
 よーし高級酒送っちゃおうかなー!なんて時にふいに入り込んでくるしぶい酒。
 山崎とかそういうウイスキーじゃ相手が驚かないかなーというときに選択すると面白い酒。
 そして贈られた相手が「うまい!」と言える酒。
 庶民のためという理念からは外れますが...
 これもまたキリンが生み出した代表的なウイスキーということで。